中川 明才 教授
文学部 哲学科
同志社大学ではどんなことが学べるの?どんな先生がいるの?
実際の研究室を訪ねて、先生にお話を聞きました。
現代にも通じるドイツ古典哲学の研究
こんにちは。中川先生は今、どんな研究をしているのですか?
中川先生 西洋近世哲学のうち、インマヌエル・カントの哲学を批判的に継承したとされるドイツ古典哲学について研究しています。これまでは、カントが人間の自由を哲学の原理としたことを受けて、「自由の体系」を構築しようとしたフィヒテの思想の解明に取り組んできましたが、今は、「絶対的なものの不在」という現代においてもなお問題であり続けている当時の思想状況を踏まえながら、ヘーゲルによるカント-フィヒテの受容について研究しています。
研究にのめり込んだきっかけ
なんだか難しそうなテーマですね。先生はどうして哲学に関心を持たれたのでしょうか。
中川先生 高校時代の読書経験、特に夏目漱石の小説を読んだことがきっかけです。名前のない「猫」の眼差しを、「自然」という言葉で示される境地にまで深めていった、漱石の視点から見えていたであろうものを自分でも見てみたい、そのためには、漱石自身も必要としたと考えられる哲学に取り組む必要があると思いました。また、自然を主題とした哲学者シェリングの名前を知り、最初はいたって漠然とした見通しを立てて、哲学研究への道を選びました。
いま研究室で推しの学び
学生たちは、先生のゼミでどんなことを学んでいるのですか?
中川先生 指導教員がドイツ古典哲学を研究領域としていることもあり、その哲学が引き受け、あるいはその哲学とともにこれまで取り組まれてきたような問題です。たとえば、カントが構想した「永遠平和」は今日において実現可能であるのか、ニーチェが提唱した「将来の哲学者」というモデルを私たちはいかにして受け取ることができるか、といった問いに対して、哲学者との対話を軸にしながら、学生たち自身が自分なりに答えることができるよう、思考を重ねています。
「演習I」(3年次ゼミ)での授業風景。
この研究が持つ可能性とは
そうした学びを通してどんなことが身につき、将来、どんなことに生かされると思いますか?
中川先生 およそ哲学には種々のものがあり、そのいずれも哲学する者が自分の生きる時代と対峙するなかで獲得した、ものの見方だと言うことができます。そうした哲学的な見方に、自分や他人の見方を重ねあわせることで、私たちは自己や世界についての気づきを得たり、周りの人たちに気づきを与えたりすることができます。それは、人間が生きていくなかで、どのような職業に就き、どのような職場で働くとしても、誰かが引き受けなければならない、また哲学を学んだ者が進んで引き受けるべき重要な役目であると考えています。
中川先生が思い描く未来
先生の目標はなんですか?
中川先生 ドイツ古典哲学は、カント、フィヒテ、シェリング、ヘーゲルといった知の巨匠たちと、その影に隠れた者たちの群像という一面を持っています。その一人ひとりと向き合い、対話することは、彼ら自身が後世の人々に求めるところであったと考えられますが、そのためには準備が必要となります。その準備の一環として、哲学者たち同士の対話や対決の所産でもある作品を読み解き、その思想の連なりを跡づけていくことができるような思索の道を切り開くことが、私の今の目標です。
中川先生からメッセージ
最後に、これから大学への進学を目指している人たちへ、メッセージをお願いします!
中川先生 大学での学びは、私たちが日頃抱く疑問から始まります。そうした疑問を明確な問いの形で受け取り、掘り下げることで、学問へと通じていくことになります。皆さんがこれまで学習として取り組んでこられたことは、学問に通じるものとして見れば、どれも教養として生かされるはずのものであり、皆さんが生きていく上での糧となっていくものです。そうした学びの深まりのなかで、皆さんとご一緒できる機縁に恵まれることを楽しみにしています。
中川先生、本日は様々な質問にお答えいただきありがとうございました!
プロフィール
中川 明才
文学部 哲学科
1993年龍谷大学文学部卒業、2002年同志社大学大学院文学研究科退学。2003年博士(哲学)(同志社大学)取得。05年~09年同志社大学講師(有期)、09年〜16年同准教授を経て、16年より同志社大学文学部教授。
- 出身地:
- 大阪府
- 趣味:
- 音楽鑑賞。
- 休日の過ごし方:
- お気に入りの音楽を聴いたり、部屋の片付けをしたり、シャツのアイロンがけをしたりすることで、頭の整理をしています。